今日は、クリスマス・イブ 御多分に漏れず、765プロの中も何と無くそわそわした雰囲気が漂う それもそのハズ 家族との暖かい夜を約束している者、親しい者と派手に楽しもうと考えている者、意中の人と聖夜を過ごす事に夢を馳せる者… 色々な思いを描く事が許される、指折りの一大イベントだからだ だが、描く想いは様々であってもその原点は唯一つである ―――――――――― それぞれに幸せな夜が訪れる事を信じて 「あーあ、ミキ、今晩はハニーと一緒に過ごしたかったのに…」 「……コラコラ。 悪徳連中にでも聞かれたら大変になりそうな事は言わないの」 「はーい…、じゃ来年は絶対ミキと一緒だよ? 絶対だからね? じゃ、お疲れ様でしたー!」 美希の物怖じしない言葉に、苦笑いしながら片手をヒラヒラと振って送り出すP 「兄(C)、兄(C)。 それよりディズ●ーランドで一緒に遊ぼうよ? ピッカピカで綺麗で楽しいよ〜!!」 「もうチョッと、大きくなってから行こうな?  それより、今日はお父さんとお母さんと一緒に過ごしてあげる事。 2人とも待ってるんじゃないか?」 「あ、そっか…そうだね。 うん! じゃ、いつか一緒に行こうね!」 元気で明るい笑顔で消える双子を、優しそうな眼で見送る こうして事務スタッフやアイドル達も次々と消えて行き、さて、あとに残るは千早のみとなったのだが… 皆が帰って行く中、千早だけは雰囲気が違う事にPは気が付いていた 表情には、何処と無く寂しそうな陰が浮かんでいたからだ その様子を見ていたPが不意に立ち上がると、明るそうな表情を浮かべ千早に近づく 「よっ。 どうかされましたか、歌姫さま?」 「あ…。 いえ、別に何も無いです。 次に向けての自主トレのメニューでも考えて見ようかな…って思ってただけですから」 「こんな日に?」 「…ええ。 私にとっては…無意味な日ですから」 そう言った千早の顔からは、やはりあの寂しげな陰は消えていない 幼くしてこの世を去った愛する弟、そして、それから狂い出してしまった両親の歯車。壊れていく家族 あの家に帰る位なら、事務所で一人練習に励んでいた方がまだ自分の為になる 歌に時間を費やす方が、まだ己にとって有益なのだと そう思う様にして来た そう思わなければ、心を護る事が出来なかったから 千早の表情を見つめながら、ふと、Pが思案する様な顔を見せる 「ふうん…。 俺にとっては、とっても意味ある日なんだがな?」 「そ、そうなんですか。 ならば、御予定が有るのなら早く行かれた方が…」 Pに予定が有ると聞いて、今度は落ち込んだ様な様子に変わっていく ( そうですよね…。 皆、私の様に一人ぼっちじゃ無いですから… ) 心の中で千早が呟く が、返って来たのは、ちと妙な返答 「いや。それなら心配御無用」 「?」 予定が有るのに、急がなくても大丈夫? どういう事だろう? 不思議に思った矢先に、Pから次の台詞が紡がれる 「だって、今日のこれからの予定は『千早と一緒に過ごす事』だから」 「えっ!?」 突然の台詞の意味を理解出来ず、唖然とした様な驚いた様な表情を彼女が見せた その表情を見ても微笑みを崩さずにPが言葉を続ける 「今日はもう特に予定無いんだろ? 自主トレメニューとか言ってる位だから」 「え、ええ。 特には」 「だったらさ、俺と一緒に」 台詞と共に彼女の手をPが握る 「え? な、何を…?」 今度は握られた手を見ながら、少し顔を赤らめ困惑する千早 「行こう!」 千早の困惑を置いて、彼女を導く様に連れ出して行く 「あ、ちょ、ちょっと! プ、プロデューサー! ど、何処へ行く(ry」 だが、その強引なPの行動を何故か千早は拒め無かった その代わりに、しっかり握ってくれるPの手を暖かな温もりを確かめる様に、自らも握り返して行く ■ 色取り取りの、イルミネーションで飾られた街並み 聖夜らしく、何処と無く街の人々の顔も楽しそうな物に見える 「さあて、何処行こうか。 取り敢えず食事行くかぁ」 台詞と共に、彼方此方と街並を物色をするP そのPの耳に入ってくる街の喧騒の中に、千早の声が混じって聞こえた 「あの…、本当に宜しかったのですか?」 「ん? 何が?」 「そ、その…プロデューサーのご予定を私が…」 「言わなかったか? 『今晩の俺の予定は千早と一緒に過ごす事』って」 「え、ええ。 ですが、わざわざ私の為になら…」 「いいの。 俺は千早と一緒に居たかったんだから」 そう言って、又、微笑を見せる 「まあ、そんな細かい事は気にするなよ。 その代り、俺は天下の歌姫様を今晩独り占め出来るんだ。 これ以上の幸せが何処に有る?」 コブシを握って、小さくガッツポーズをPが取る 「や、止めて下さい。 は、恥ずかしいじゃないですか…」 「あはは、悪い悪い」 「もう…」 「それに、俺もどうせ一人だから…クスン。 って、嫌な事言わせないでくれよ」 微笑が、少し落ち込んだ様な表情に変わる その彼の言葉に、小さく千早が吹き出した 「クス…。 す、すみません。」 「…やっと、笑ってくれたな」 「え? あ…」 千早の顔を、優しそうな眼でPが見つめていた 「俺は千早の笑った顔を、何時も見ていたいからさ」 少しだけ、照れくさそうに言う ( プロデューサー…、やっぱり私の事を気遣って… ) アイドルランクが上がるに連れ、少しづつ思う様になっていた 『どうしてこの人の傍に居ると安らげるのだろう?』と しかし、それが何故なのかはさっぱり理由が見えてこなかった だけど、今日その理由がハッキリと判った この人は、本当に優しいからだ 誰の為でも無く、まず、私の事を真っ先に考えてくれる。自分の事を全て後回しにしてでも、真っ先に私の事を。 それが仕事だからと言う理由に限らず それはまるで、身近に居る頼りになる家族の様に だから、この人が傍に居てくれると安心出来るんだ ――――――――― 安らげるんだ、って… 千早が微笑みながら、Pの事を見つめ返した 「ま、まあ、そのあれだよ…ええっと…」 視線に気が付いて、更に照れたPが慌てて顔を逸らす 暫し2人の間にだけ訪れる静寂 その静寂を割って入るように、聞き覚えのある曲が聞こえて来た 12月に向けてリリースされていた『神様のバースデー』だ 「あ…」 「おっ」 自然に顔を見合わせると、どちらとも無く笑顔が毀れる 『もうすぐ待ち合わせの時間がやって来る』 不意にPが曲を口ずさみだした。しかも、リズムまで取りながら 「プ、プロデューサー…?」 千早の問いを、まるで気に留める事も無く尚も続ける。でも、とても楽しそうに 『12月 街中の色が変わるから』 その姿にクスリと微笑むと、千早の口からも自然に歌が漏れ出していく 『不安と期待さえも 溶け込んでゆくよ』 『二入で祝おう 神さまのBirthday  特別だよ 誰だって 主役になれるから  耳をすまそう 聞こえるよring a bell  いつもよりも 少しだけ フザけないでいてよね』 『叶えられる きっときっと あたたかい冬になれ』 楽しそうに歌い終わった2人を待ち受けていたのは、何時の間にか出来ていたギャラリーからの歓声と喝采の拍手だった 祝福にも似たそれは何時までも何時までも止む事無く、2人を包み込んで行く 又、千早がPを見つめると、今度は心の底から嬉しそうな笑顔が浮かんだ それは、千早にとって今年の冬が、とても暖かい冬になったから