カチャ…っとラッチの金属音が、静まり返る俺の部屋の静寂を破った 小さく響く扉の閉まる音に次いで、近づく人の気配がする 勿論それは、言うまでも無く彼女の物だ 「…プ、プロデューサー…? プロデューサー…」 今の声には、アイドル姿の時に見せる歌姫の美声は微塵も感じられない 何処にでも居る、唯のか弱そうな女の子の声だ 寝ている所に声を掛けるのである、恐らく、精一杯彼女なりに気を使っているのだろうが 声では無反応だった俺に、今度は声と共に手が添えられる 「すみません、プロデューサー…、プロデューサー…?」 規則的に揺れる俺の身体 「…んあ……? だ…?…ん? …ち…ちは…や…? ど、どした…?」 未だ少しボーっとした意識だったが、起き上がった俺の目の前に居る少女が、見慣れた顔をしている事で改めて千早だと意識が認識する やっと起きた俺を見て彼女がホッとしたのか、少し肩の力を抜いた様な仕草を見せた がしかし、その顔に浮かんでいた悲しそうな表情は緩まない 「何だ? …なんか…有ったのか?」 沈んだ様な雰囲気を見せる彼女を不思議に思いながら、声を掛ける と、俺はギョッとした 彼女が、不意にポロポロと涙を零していく 「なっ!? な、な、なんだよ!? 何で、いきなり泣きだすんだよ!?」 「……助けて…下さい…」 「へ?」 「………………行かない…で…」 「行く…って、俺が? 俺が、何処に(ry  う、うわっ!? ち、ちは」 いきなり、彼女が俺の胸に飛び込んで来る 「ち、千早! ちょ…、お、落ち着けってば!」 泣きじゃくり続けるだけで、どうやら彼女の耳には俺の言葉は届いていない様だ 俺の口から、溜息が漏れる 「はぁ…。仕方無い、か…」 そう言って、俺は震える彼女の肩をソッと抱いてやった ■ 彼女は夢を見ていた 弟と両親と…そして、俺が出て来る夢を 俺達は、彼女と少し離れて立って居て光っている そして各々から、彼女まで光りの道が伸びていて でも、それ以外は左右も上下も判らない、闇だけが有るんだそうだ その内、弟の光りが少しづつ薄暗くなっていって…彼の姿も、光りの明るさに比例する様にどんどん離れて消えて行って それが順に、彼女の母、彼女の父の番となる そして、『行かないで!』と懇願する彼女を前に、無情にも最後の俺まで消えていく 後に残るは、彼女を取り巻いている闇だけ…と こんなシンボリックな夢なら、普通、完全に闇に包まれてしまった所で目が覚めて… と言うトコなんだろうけど実はもう少し続きが有る 完全に周囲が判らないのに、背後に『開いている門』が有った 何故か判らないけど、その門が有る事だけは判る そして、その門はユックリとユックリと彼女に向かって近づいて来る どんなに必死に走って逃げてもその距離は離れず、逆に少しづつ縮まって 彼女は思った この門に捕らわれちゃダメだって。この門だけは、絶対に潜っちゃいけないって そこで、初めて目が覚めた…だそうで  ―――――――――――――――― 多分なんだけど、彼女はきっと「怖い」…と思ってるんじゃないだろうか? チョッと前に、彼女の両親は離婚してしまった ほんの少しだけ、淡い期待をしていた彼女の気持ちを裏切って 早くに弟を失って…それからは、帰るべき家が家じゃ無くなって、その家は、いや家族はもう完全に壊れてしまって なら、頼るべき大人、頼るべき家族が居なくなってしまった今、彼女は一体誰に頼れば良い? 一体、誰が支えて上げれば良いんだ? それは、簡単な答えだ 今の彼女にとって、頼る人間や傍に居てあげれる人は、もう俺ぐらいしか居ないんだから だからなんだと思う 両親の離婚を境に、彼女がどんどん俺に心を開いてくれる様になって来たのは じゃあ、若し俺まで彼女の傍から居なくなったら、彼女はどうなってしまうんだろう? その答えが、あの『門』じゃないだろうか 門に飲まれた時、それは出会った時の心を閉ざしたあの彼女に戻ってしまう事を意味してるんじゃないか? 彼女は、それを恐れ「怖い」と思っているんじゃないか?…って俺は思う  ―――――――――――――――― 「落ち着いた…?」 「はい…」 未だ、彼女の瞳には涙が滲んでいた よっぽど、「怖い」夢だったんだろうなぁ… でも、安心して良いよ。俺は何処にも行かない。千早の傍を離れるつもりも無いから 安心して、おやs(ry 「…あの…」 「ん?」 「い…、一緒に…その…………いい…ですか…?」 「…な、何だよ…。 何で、じっと俺を…?」 「だって…、もう、今夜は………ひ、一人じゃ…その…………」 「も、もしもし? それって…も、若しかして…」 「……だから…」 『置いていかないで!』って縋り付く仔犬の様な目で、彼女が見つめていた 思わず天を仰ぐと、又、俺の口から溜息が毀れる …そんな顔されて、一体誰が断れるんだよ… ああ、もう… 俺が身体をずらし彼女に背を向けると、やがて、直ぐに彼女の体温が伝わってくる …まあ、いいか 彼女の顔は見えないけど、きっと安心した顔になってるだろうし じゃ、今度こそ安心しておやすみ ただ、次からは一つだけ気をつけて貰っていいかい? その、『ふよん』って感触