見頃は去った感も有るけど、今日は765プロの「お花見」の日 最近は、彼女達にそれぞれファンが付き、お陰さまで仕事も順調に入って来てる 確かに、それはそれで765プロにとっては嬉しい事では有るんだけど、逆にこうしてメンバー一同で騒ぐ機会も少なくなった それだけに今日の様な日も、昔に戻った様で偶には良いもんだな…なんて、ちょっとだけ郷愁見たいな感情を覚えてみたり はは、ガラじゃ無いね。失礼 おっと、それじゃこれで宴の始まりだ 小鳥さんのお小言に、強制的に短くなった社長の挨拶も終ったし メンバーも賑やかなもんだよ 彼女達も担当P達も、勿論社長や小鳥さん、スタッフの皆も様々な個性が一緒になってるから ああ、やっぱり華やかだな。いいね、何かこういうのって あ、そうそう 言い忘れてたけど、ちなみに俺の担当は「如月千早」って女の子だ 今は、ランクは先週にBへ上がったばっかりのメジャーの末席に居る。 だけどね、その実力は決して他に引けは取るものじゃ無いって思ってるよ え? それは親馬鹿って言うんだって? あはは、かも知れないね でも、機会が有ったら一度彼女の姿を見に来て欲しい。きっと、一発で虜になる事請け合いだから 俺の贔屓眼抜きにして、ホンとに彼女は魅力的だと思うからさ でも…、実の所、正直此処まで来れるとは思っても見なかった 彼女には失礼な言い方になっちゃうんだろうけどね 出会った時分は「やっぱり失敗したかなぁ…」って思った事も、多かったし じゃあ、「何でそんな娘を、わざわざ選んだんだよ」って思うよな? そりゃ彼女の才にも当然興味は持ったさ、けど、それ以上に気になったヤツが有って… プロフィールの写真を見てた時に、他の子達と違って眼に影が見えた様な気がしたんだ あれ?何だろ?って思ってね だって、彼女って所謂美人系の綺麗な子なんだよ? それなのにヘンじゃないか、わざわざ、その印象を落とす様な眼になってるって ただ、その理由については、直ぐに何と無くは判ったんだけど 『ああ、如月千早君だね? 彼女は我が765プロでも、随一の才能の持ち主だ。 ただ…少々、家庭環境に複雑な面もある様でな』 ってな台詞を社長から聞いたから。ああ、そうか…そう言う事か。って だけど逆に、今度はそのお陰で別の疑問が沸いて来た 「この娘って、笑った事有るのかな?」って 可笑しな話だろ? そりゃ15年も生きてりゃ笑う事なんか山程有るって言うのに それにも関わらずに、ね 本当に不思議な印象だった で、結局最後はそれに惹かれた…と言うか気になってと言うか、それが決め手になって彼女を選んだんだ 『笑うと、どんな感じな子なんだろ? 彼女の笑顔を見てみたいな』って ま、それからは今書いた様に、プロデュース始めた頃はやっぱりキツかったけど でもずっと彼女の笑顔見たいなって思ってたから 所がね、それが次第に変わって行くんだ 笑顔にさせてあげたいな、に いや、『本当の、素顔の笑顔にさせてあげたいな』って 仕事の上では、流石にあの瞳の影は隠してたし、少しづつでは有るけど笑顔も出る様になったけども… けど違う。何かが違う。決定的に 何ていうか、その…仮面か何かを付けた様な顔で、心から笑っていない…そんな感じなんだよ、彼女の笑顔 でも、よくよく事情を把握して行き続けると、それは至極当然の事だと思えてきた 何でかって言うと、俺が思ったより、彼女の家庭環境は複雑と言うか根が深かったんだ 悩んだねぇ 高校に上がったばかりの15の女の子なんだぜ? 歳相応に、遊んだり、夢見たり、恋をしたり…そんなの幾らでも今の彼女に相応しい事有るじゃないか 確かに、歌に掛けるストイックな姿勢でアイドルに身を投じたかも知れない でも、その根幹的な要因って決して彼女自身の物では無いだろ? 置かれた立場で、身を投じるしか彼女に術は無かったんじゃないのか? そんな時にふっと思ったんだ 真面目で真っ直ぐな彼女は、歌で自分の気持ちを伝える歌手になりたいって強い夢を持ってる それは、一見すると目標に向かって強く進む、とても強い女の子に見える だけど、違うんだよね。それって 本当は、そう思って進まないと自分が崩れちゃう事をきっと彼女自身は心の何処かで感じているんじゃ無いかと思ったんだ だけど、彼女って思い悩んでいても、それを隠して進み続ける娘だから いや、隠したくて隠しているんじゃ無い 『それを、どう相手に伝えていいか判らない』から、伝えられないんだよ。だって、伝え方を知らないんだもの 子供の時から、一番近くに居る筈の相談・話相手 ― 親 ― が居ないも同然なのに、そんな術を学んで来れると思うか? そりゃ無理な話だと思うだろ? だから、さ だから俺は、こう決めた 彼女の親御さんに比べれば、俺なんか少なくとも一回り以上も差が有る若造だ 『力になる存在』なんて、そんなおこがましい事は、到底思うつもりも無い 勿論、そんな簡単に相談や悩みを打ち開けれる存在になれるとも思わない だけど、『支え』位にはなってやりたいなって 彼女が一人で、寂しい、辛い、哀しい思いをしている時 少なくとも、一人は君の事を見てるよ 一人は、君の傍に何時も居るんだよ 頼ってくれなくてもいい。だけど、君が寄り掛かって来た時に、君一人位は支える事が出来る人間がすぐ傍に居るんだよ そうすれば、少しは君の心も休まるだろう…って それで、何時か君の心が休まった時、本当の君の心からの笑顔を 素顔の笑顔を見せてくれれば…それで良いかなって、さ …何だか、言っててちょっと恥ずかしくなるな え? それじゃ、彼女にベタぼれじゃないか、って? うーん…、そうなのかなぁ…。 最も、俺自身が彼女に対してそんな事を考えた事が無いから、よく判らないってのも有るんだけど ただ、一つだけ確実に言えるのは、俺の中で『守ってあげたい女の子』ってのに変わった事かな…? ま、それはチョッと置いててくれよ その内ユックリ考えて見るから でさ、ちょっとだけ、嬉しい事が最近有るんだ 少し前に、彼女の両親は…その…破局を迎えたんだけど それ以降かな 今まで余り、相談事が無かったんだけど、それが増えて来て チョッとづつなんだけど、その彼女の笑顔が何か変わって来た様な気がして それに笑う回数も、増えて 何ていうか、肩の力が抜けて…って感じかな? だって、ほら… ■ 「うん、よく笑う様になった」 「…そう…でしょうか?」 「そ。何か自然体って。そんな感じ、かな?」 「クス…、酷いですね。  では、今までは何時も構えていて、笑い顔も作り物だった…って事ですか?」 あ、又…笑ってくれた 「あはは、ゴメン。そんなんじゃ無くてさ。 何て言うか…、その…仮面を被って笑ってたって言うか」 彼女が眼を細めて、遠くを見る様な表情に変わっていく 「そう…かも知れませんね…。 私は…他を拒む道を選んできたので、…ずっと」 「でも、変われた。かな?」 「…ええ、私もそう思ってます。だけどそれは、きっと一人だったら無理で…  ファンが居て、春香達が居て、社長や音無さん、スタッフの人が…皆が居てくれて  私は一人じゃ無いんだよって…。  …そして、プロデューサーが…プロデューサーが私の居場所を教えてくれたから。 私に…」 ふっと視線をPに移す 「……『ここだよ。君の居場所はここに有るんだよ』……って…」 穏やかな表情で、そう彼女は告げた 「だから、変われたんだ…って思ってます」」 「? そうだっけ? 作って行こうって言った記憶は有るんだけど」 腑に落ちない顔をして、彼が少し首を捻る 「ふふふ…。気が付いていらっしゃらないだけですよ」 「そうかぁ?」 「ええ」 相変わらず思い出そうと思案し続けるPを見つめる彼女 その崩れない表情には、少しだけ優しさの様な物が見え隠れしている だって、それは…言葉では無理ですから… 貴方の優しさと温かさが、そして眼を逸らさず私を真っ直ぐ見て来てくれた直向さが教えてくれたんですよ 貴方の…直ぐ傍に『それ』が有る……って 「んー…、さっぱり判らんなぁ…? ま、いいや。知恵熱が出そうだし」 諦めた様な顔つきで、首を少し竦めるP 彼女は相変わらず彼の姿を瞳に映し、心なしか微笑むな表情を浮かべていた 「…ぁ…ふ」 ふと、彼が腕を伸ばし伸びをする 「ふわぁ…ぁ…」 「…? どうされたんですか? 欠伸なんて…」 「ん? ああ、ゴメンな。 昨日遅めだったんで、少し眠気がして来て…  んーっ…、こんな日だから気も緩んでるってのも有るんだろうけど」 「ふふ…。少し位は…宜しいんじゃ無いですか? だって…、こんな日なんですから」 「…ちょっと驚いた。真面目な千早からそんな切り返しが来るとは…。こりゃどうも」 「さっき言いませんでしたか? 私も変わったんです…って」 「あはは。そっか。そうだよね  なら、お許しが出たんで…、申し訳ないけど俺はここでチョッと一眠りさて貰うよ」 賑やかな宴を続ける皆を、チラリと見ながら彼が言う 「もう暫く続きそうだから。 あ…、俺の事は気にしないで、皆のトコ行っておいで」 「え? でも…」 「いいから、いいから。こんな日なんだろ? 又、何時になるか判んないんだし。 ほら…」 「あ…、は、はい…。」 そう言って、彼はゴロンと横になる 余程疲れて居たのだろうか、そのまま黙って暫く見つめていた彼女が彼の顔に耳を寄せると、静かな寝息が聞えてくる 又、彼女が穏やかな顔で微笑んだ 顔を離すと彼の頭に手を伸ばし、起こさない様にソッと持ち上げて行く すると、自分の膝を彼の頭の下に潜り込ませ、太腿の上にそれを乗せる 後は、又、微笑んだまま、黙って彼を見つめ続ける 不意に、席を外し戻って来た春香が、2人を見かけ声を掛けた 「どうしたの、千早ちゃん…? あ(ry」 顔を上げた彼女が、結んだ唇の前に人指しゆびを立てる そして指を離すと、唇を結んだまま首がユックリと左右に振られて行く 「あ、そっか…」 Pの寝顔を見て、呟く春香 頑張ってと小声で言いながら手を振り春香が皆の所へと戻っていくと 微笑み続けていた彼女の表情が、咲いている桜の様に薄っすらと染まった 構いませんよね? こんな日なんですから ほんの少しだけで良いですから、確かめさせて下さい 『私の居場所は、貴方の隣に有るんだ』って気が付いた事 『私が素顔で笑えるのは、貴方の隣に居るからなんだ』って気が付いた事 何時も隣に居てくれた貴方を………一緒に感じて居たいから…この、私の気持ちと ふと、彼女が顔を上げる 瞳が桜に覆われた夜空を映すと、彼女は笑った ―――――― 彼女の、『素顔の笑顔』を見せて うん。 信じます、この気持ち。 貴方の隣が私の居場所だから。 素顔の私で居れるのは、貴方の隣だけだから。 ずっと。 何時までも。 何処までも。 貴方と。 貴方の隣に私は居たい。