■■■ 謎 プロデュース開始時の社長からの紹介の所為もあるが、千早を選んで直ぐにPは彼女のその能力の高さに気が付き驚愕した 『千早のVoポテンシャルには、途轍もない物が潜んでいる』 潜在能力だけを見れば、その力はトップアイドル…いや、堂々たる世界ランカーをも凌駕するかもしれない それは、数々のエピソードに散りばめられて来た片鱗を見れば、一目瞭然の事実でも有った 正に、文字通りの『歌姫』である だが、世の中とは上手く出来ている物 「天はニ物を与えず」とは、実に言い得て妙な表現である Voに素晴らしい能力を持つ逸材で有っても、悲しいかなDa・Viは並みのクラスであった おまけに、歌に対する求道者を彷彿させるストイックな姿勢には、15歳の少女とは思えぬ程の真摯さを垣間見せているが それ以外に付いては、「本当に、年頃の少女か?」と思うほど全く興味を示さない 自然、Da・Viレッスンを行ってもVoに比べると伸びが良く無く、自ずとレッスンにも身が入らなくなりがちだった 彼女にとって不得手を残したまま先へ進むのが、得策では無い事は十分に判っている ましてやこの次はBランク――――完全にメジャーアイドルの一員へ加わる事になる 今以上に、より強力な相手が増えて来るのは誰が考えても判りきっている事実だ 今迄は運にも助けられて何とかここまで来た、が、もう運だけに頼っている訳には行かない Voに比べて劣っている自力自体を底上げしなければ、これ以上の前進はまず無理だろう …と、そんな焦りにも似た感情を抱きながら Daを上げて行こうとする方策で、今日も模索を続けていた  ――――――――――――――――――――――――――― ある日の営業帰りの事 いつもの様に、時間さえあれば良策が無いかと悩み続けているPに、ふと街頭TVの或るシーンが目に止まる 報道、バラエティ、歌謡番組、映画、…色々な画面が展開されていた 「…」 「? どうかしたんですか、プロデューサー?」 「…」 TVを一心に見つめ続けるP 「19:00から打ち合わせと、収録が一本予定になってましたよね?  早く、事務所に戻らないと…」 「…」 「プロデューサー…?」 「これだっ!」 「きゃっ!」 前触れも無く突然大きな声を上げるPに、驚く千早 「あ、ああ、すまん!  きっと………これなら!」 軽く詫びはしたものの、言い放ったと思ったらPは電話を掛け始めた 「あの…」 呼び出し音の最中に千早が声を掛けるが、直ぐに相手が出てしまう 「恐れ入ります、私765プロのPと申します!  何時もDa審査員の先生には、お世話に…いえ…はい…  ……いや実はですね、チョット先生にお力添え戴ければと思いまして…」 「――――  ええ…いや、そんな…此方こそ……いえ、本当に有難う御座いました!  これからも先生のお眼鏡に叶うアイドルを、是非プロデュースして行きたいと…はい…はい!…では、失礼致します!」 暫し電話を続け、終わると同時に軽く一息付く 「あ、あの…今のは一体…」 怪訝そうな表情で、千早がPの顔を覗き込む 「ん…? ああ、すまん  やっと繋げられそうなんで……つい」 「?」 「よし!  ここで言うのも何だけど…これからの大まかな予定の把握の為にも先に言っとく  今から、この先に入ってるヤツを一部調整していく  俺にはちょっと打ち合わせが続くから  そして、いいかい?  Daレッスンは暫くの間、全て日本舞踊に変更する」 「……は、はいぃ?」 訳が判らず、咄嗟に間抜けな返答が飛び出す 「あ…あの…プロデューサー、に、日本舞踊って…この私が…ですか…?」 「当たり前だ  今、俺の目の前に居るアイドルは千早しかいないだろ? 他の誰がやるって言うんだ?」 「い、いや、そうじゃ無くて…」 「さあ、明日から忙しいぞー  作詞と作曲の先生と……待て待て待て、衣装デザイナーとスタイリストとも打ち合わせが出るな  ――――  あー、するってーと……これとここも調整かぁ、キッツイなぁ…でも…」 何時の間にか分厚い手帳を開きながらペンを奔らせつつも、帰路を急ぐ様に歩き出す ふと、顔をあげPが声を掛ける 「千早、何やってるんだ? 早く事務所に戻るぞ  19:00から打ち合わせと…」 その姿を見ながら唖然とした表情を見せるしか、千早には手段が残されていなかった  ■■■ 舞踊 右手を優雅に下ろし舞い終える それを見て、二コリと優しそうな笑顔を浮かべる年配の女性 千早の舞踊の師だった 「流石、あの人の紹介で来られた方です  こんなに短期間で、ここまで舞えるとは…いやはや、アイドルの素質が成せる技…とでも言うべきでしょうか  最早、何も言う事は有りませんね」 「そ、そんな…」 賞賛ともいえる言葉を受け、頬が赤らむ 「いや、並み為らぬ歌の才が見えますから、舞にもその非凡な素養を感じますよ」 「いいえ、それは先生の御指導が素晴らしい物だったからです  幾ら素質が有っても、理解出来なければ自分の物になりませんから」 何時の間にか師の正面に正座し、顔を見据えて答えていた 「ありがとう、如月さん  …でも、惜しむらくは今日で貴女が居なくなってしまう事です  出来れば、ずっとお弟子さんで欲しい位なのに…」 師が、少し寂しそうな笑顔を見せる その師の言葉に対し、僅かでは有ったが微妙な表情を浮かべる千早 別にこの師に疑念等を持っていると言う訳では無い 寧ろ、歌への求道者たる自分と同様の雰囲気を纏うこの師に、敬意さえ払っていたからだ 異なる道で自分と同じ姿勢を持つ人物に出会えた事は、大きなプラスに為りこそすれ、決してマイナスにはならない ただ、「アイドル」と「舞踊」の舞にその質の差異を感じている千早にとって Pが何の為にわざわざ舞踊を学ばせたのか、その真意がさっぱり見えて来ず それが大きな不満だったからだ 千早の表情を黙って見つめていた師が、ユックリと話し始める 「如月さん  舞にはね、静と動が同時に同居しているのです  静があるから、動が生きる  動があるから、静が生きる  静と動は互いに表裏一体を成す、切り離せない物なのです  そして、舞とは『心と身体』で舞う物  身体無くしては、心は伝わらない  心無くしては、身体で表せない  或る時は、身体は「動」で心は「静」  又、或る時は心が「動」であり身体が「静」でもあるんです  静と動が表裏一体の様に、心と身体は心身一体  互いに、不可分な関係なのです  だから『心と身体』で舞うのです  貴女の『心』を偽り無く『身体』に映しなさい  そして『身体』が舞う事で『心』へ戻って来ますから  内に有る物を、外に響かせ  外に有る物を、内に響かせる  だから、貴女の想いを素直に外に響かせなさい  その時に、必ず貴女の内に響いて来るはずですから  今は判らないかも知れない  けれど、きっと判る時が来ます…貴女になら」 手をつき無言で頭を下げる千早 その姿に、師の言葉が続く 「如月千早  ここに、皆伝を言い渡します  ―――  何かで道に迷う事があったら、いつでもいらっしゃい  貴女は、私のお弟子さんでもあるのだから」 「有難う御座いました…」 全てを見透していても最後まで優しい言葉を掛けてくれた師に、精一杯の謝辞を返す 何時までも…何時までも師に礼を払う千早の姿がそこに有った  ■■■ 驚き 「はぁ…、今日こそは舞踊の意味聞こうと思ってたのに…」 壁のホワイトボードを見ながら、千早が小さく溜息をつく 目で追っていたのは、当月の行事予定と今日のPの行き先予定 先週から、見事な迄に空いた時間を狙って組まれている「打合せ」の嵐 当然の如く、Pの姿は事務所では見かけない 「あれ? どうしたの千早? 今日は、もう上がりじゃ無かった?」 背後から真の声が掛かる 「そうなんだけど…、少し話が有るから残っててくれって」 「ふーん…って、千早も? ボクも、今日は終わっても残っててくれって言われたんだ、何だろね?」 「さあ? 最近のプロデューサー何考えてるのか、さっぱり判らないもの」 「そうだよねぇ…時々ボク達が驚く様な仕掛け用意してたりする事も有るし」 ふと考え込む、真 「そうだっ! 逆に、今日はこっちが質問攻めにしちゃおう!  ボクもレッスンで聞きたい事とか、結構有るし」 千早が感心した様な表情を見せる 「へぇ…それ、良い案だわ  丁度私も、どうしても聞きたい事が有るのよ…その提案、私も乗るわ!」 Pの戸惑う様子を想像しながら、ニヤ付く2人 最も、後に何が待ち構えてるか、今は知る術も無い所為の表情なのだが  ――――――――――――――――――――――――――――――― 「ええーっ!?」 会議室に響く、真の驚く声 「そんな事、出来るわけ無いですよ!」 直ぐに猛烈な抗議が開始される 「?」 Pの言った言葉の意味が解らなくて、疑問符が沸き起こる千早 「どういう事、真?」 「あ、え…えーっと、演武って言うのはね  単独或いは複数で、技を演じたり組み手したりする事を言うんだ」 「それって…」 「そう、そういう事」 今度は、duoで猛抗議が始まった だがそんな猛抗議も耳に届いているのか、意にも介さぬ風に当たり前の様に言い放つ 「聞えなかったか? 千早と真で『それぞれの演舞』を見せてくれ…って言ったんだよ」 「全然、解って無いじゃないですかっ!  千早には、武道の心得なんて無いんですよ!?  ましてボクは有段なんです!  それが、どんなに危険な事か…判らない訳じゃ無いでしょう!?」 「だ・か・ら、『演武と演舞』だって  組み手をしてくれと言った訳じゃ無いじゃないか  真は普通に演武、千早は今回学んだ舞踊で歌に対する気持ちを――演舞で見せてくれればいい」 「プロデューサー!!」 更に激昂した声で、抗議のボルテージを上げ掛ける真 (バタン!) 真の声に重なるように、突然、会議室の出入り口が大きな音を立てて開く Pにとって強力な助っ人が現れた 息せき切って、少し重そうな荷物を抱え雪歩が飛び込んでくる 「ハァ…ハァ…プ、プロデューサー、お待たせですぅ…」 「おおっ! でかした、雪歩!」 「えへへ、重かったけど頑張って持って来ちゃいましたぁ」 褒められ、かなり嬉しそうな笑顔が浮かぶ 普段余り人に頼る事がないPからの頼み事である ましてや、それが少なからず好意を持ち始めてる者から…となれば、吝かじゃ無いのも当然の話だ 「サイズは、一通り持って来てますから…多分大丈夫だと思います」 「助かったよ、ホンとありがとな!  よし! じゃあ何かお礼しなきゃな、んー、何が良いかなぁ?」 雪歩へのお礼を考え込む仕草を見せるP 「え、えーっと…あれ…ううん…あっちが良いかなぁ…  あ! でも、あれも捨て難いなぁ……エヘ…エヘヘ……」 視線を宙に廻しあれこれと何かを想像する、雪歩 心なしか、ほんのり頬が染まっている 「あ、お父さんにもお礼忘れずに言ってくれよ?」 と、会話の最中にも途切れず、持ってきた荷物からどんどん取り出されて行くモノ 何も知らず無邪気にはしゃぐ雪歩の姿に、毒気を抜かれた上 更に、出されたソレを見せ付けられて、表情を曇らせていく千早と真 「あれ…千早ちゃんに…真ちゃん? 何でこんなトコに…?  しかも、何か暗そうですぅ」 やっと彼女達に気がつき、その姿を見て恐る恐る声を掛ける が、無言で陰鬱そうな表情を返すだけの2人 その表情を見てこれ以上声を掛けるのは、流石にマズイと思ったので有ろうが 無邪気な天使は、2人にとって実に無慈悲な二の矢を、次に放った 「…?  あ、そうだ  ところでこの胴衣…誰が使うんですか?」 その言葉を聴いて、雪歩の顔を見ながら更に暗さを増して行く2人だった  ■■■ 演武と演舞 1 「はぁ…」 何処と無くなげやりな或いは軽蔑する様な溜息を、千早が洩らした 目の前には空手着の様な胴衣を纏った、真 「プロデューサー、やっぱり止しましょう!  今なら、まだ…」 Pに向かって抗議の声を上げる だが彼は、黙したままその抗議に対し首を左右に振り拒否する 「本当に危険なんですよ!?  若し千早に、怪我でもさせてしまったら…」 「無駄よ、真」 諭す様な口調で、簡潔に告げる千早 彼女も又、古武道や合気道の様な胴衣を纏っていた 「私の事は気にしなくていいわ  その代わり、今日を限りで765プロを辞めさせて貰う  ――――こんな事をさせる人に、これ以上師事する気は無いから」 理不尽としか思えない行為に対し、怒りが篭もった言葉を吐き捨てる その言葉を聞いていても、微動だにせず Pは黙って千早を見つめていた  ――――――――――――――――――――――――――――――― 「だっ、ダメです! もうこれ以上は…!」 放った手刀が、あわや…と言うところで千早の鼻先を掠めたのを見て、終に真が音を上げる 当たり前の話である 軽めの技を主体に、当たりそうな時は何とか寸止めで危うく難を逃れ続ける両者では有ったが 何と言っても真の相手は素人なのだ それに対する神経のすり減らし方は、尋常じゃ無い物が有る それを受けたかの様に、千早が動きを止めた そして、先程の怒りの言葉以上の怒りを、今度は声にして露にする 「気が変わったわ  今日を限りじゃ無く、今を……今をこの場限りで辞めさせて貰うわ!」 「お前は…、お前はその程度だったのか?」 今迄黙っていたPが口を開いた 「…その程度?  ……何が………私の、何がその程度なんですか!!!!」 その言葉を聞いて、とうとう怒りを爆発させた 「その程度も何も無いじゃないですかっ!!  こんな意味の無い事をして、何になるって言うんです!?  私にとって、何が得られるんですか!?  ―――――――  今回のDaレッスンにしたって、そうでしょう!?  アイドルのダンスと、舞踊の一体何処に関係が有るって言うんですかっ!?  ふざけるのも、いい加減にして下さい!!」 「…」 「もう、うんざりです!  こんな無駄な時間を費やされるのなら…こんな無駄な事で、回り道させられるのなら  私は他のプロデューサーの元で歌手を目指します!!」 「…俺が惹かれた千早は……こんなものだったのか?」 ポツリと呟く様に、Pが言葉を洩らす 千早の言葉を、聞いているとも聞いていないとも取れる様な台詞だった そんな言葉には興味が無いとでも言う風に、冷たく言い放って立ち去ろうとする千早 「評価なんて、もう、どうでもいいです  私にとって無意味ですから  早く次の活動場所を見つけなきゃいけませんからね  それじゃあ、お世話にn(ry」 「千早ぁあっ!」 『剛雷』――――そう呼ぶのが一番似つかわしい声 練武場に、その剛雷の様な凄まじい迄の怒声が鳴り響く 今迄、叱咤・叱責を受ける時でも、今程の荒げた声を聞いた事が無かった 自分の怒りなど瞬時に吹き飛ばされ、驚きに全身が包み込まれる 驚きの表情をを見せたまま、ユックリとPの方に視線を移す 彼が、本気で怒っていた だがそれは、千早自身に対しての物では無く、まるで千早の何かに対するかの様だった 「辞めたきゃ、勝手に辞めろ!  俺が欲しかった千早は、そんな千早じゃ無い!  俺はそんな千早に惹かれたんじゃ無い!  俺が信じた千早は、そんな千早じゃ無いんだ!  自ら強く輝ける可能性を秘めているから……だから惹かれたんだ!」 先程の怒声とは、うって変わって声がどんどん弱くなる 千早はギョッとした Pの目尻には、薄っすらと涙が浮かんでいたのだ 「2人で追いかける夢が、本物である事を教えてくれ  俺の信じた夢が、本物だと言う事を教えてくれ!  歌に掛ける心が、本物で有る事を見せてくれ!  俺に……………………俺の信じた千早を見せてくれ!」 最後の言葉を放つと、力なく座り込んでしまう その姿は、やけに酷く悲しそうな姿だった 何時も己の事は後回しにして、自分達アイドルの事を全てにおいて優先し 護ってくれる強さは見せても弱さは一欠けらも見せなかったP だが、その彼が、今自分の目の前でこれ程までに弱々しい姿をさらけ出している それだけ自分に対する想いが、どれ程強い物だったのかを物語っていた  ――――――――――――――――――――――――――――――― そこまで、この自分を信じてくれていたとは Pの姿を見つめていた千早の心に、鈍い―――が、確かな痛みが奔る 次いで、湧き上がってくる小さな一つの感情と、鮮明に蘇ってくる師の言葉 そして、強く確信もしていた 今この時に、師の言葉の意味を理解出来なければ、この先、生涯掛かってもその意味は理解出来無いだろう 今この場所で、自分を信じていてくれた人に答えなければ、この先、生涯答える事が出来無いだろう それは一体、何を意味するのか? その答えが、今のPの姿なのだ 信じた者から、裏切られその想いを砕かれて―――人として許されざる行為を、信じた者から受けた無残な姿なのだ ( どうして、今ここに私が居る事が出来るの?   何故、私はここまで来れたの?   私の力?   いいえ、それは違うわ   ここまで来れたのは、私の力だからじゃ無いでしょう?   それは、私が一番解っている事よね?   あの人の力が有ったから、私は今ここに居るの   あの人が、私を信じて育ててくれたから今の私が有るの   あの人が力になって選んでくれた道が   私にとって正しかったから、ここまで来れたの      だから、今私はここに居るの ) ( ならば、もう何をすれば良いのか既に答えは出ているハズよ?   私があの人を信じないで、誰があの人を信じるの?   私が託された夢を叶えないで、一体誰があの人の夢を叶えるの?   今度は、私があの人を信じる番じゃないの?   私を信じたあの人に、答えてあげる番じゃないの?   貴女は誰なの?   貴女は何なの?      私は……私は―――――― ) 自らの心の内を、言葉にして行く千早 「今じゃ無ければ…  今ここで見せ無くて、何時私の心を見せるって言うの? 誰に、私の答えを伝えるって言うの?  ―――そうですよね、先生」 一筋の涙が頬を伝わる 「もう迷わない  私は……私は、あの人が信じたアイドル――――――如月千早だから!」  ■■■ 演武と演舞 2 「続けましょう」 「えっ!?」 驚いた表情を千早の方に向ける真 「大丈夫よ  私は、自分の心を……想いを見せるだけだから  私は、唯、自分の心を『舞う』だけだから」 Pを見つめながら呟く様に、だが確かにはっきりと言う 「さあ、真…!」 その姿には、何かの信念を抱く様な力強さが見えていた  ――――――――――――――――――――――――――――――― 「う、嘘っ…!?」 思わず、真の驚いた声が上がる 繰り出す技が終に綺麗にかわされ始めたのだ しかも相手は、何の武の欠片も持たない千早 ほんの今し方まで、かわすはおろか此方が止めないと危ない場面が殆どだったのにも係わらずだ それだけに、余計信じられない光景だった ――― 己の放つ技が、素人にまるで掠りもしない――― 何時の間にか手加減どころでは無くなっていた だがやはり、繰り出す技は悉く空を切る 「う、そ…………だ…よ…………ね…………」 最早、驚愕その物であった 「…ゥぅうぅぉぉおおぉぉぉぁあぁぁああああああああああ!!!!!!!  しっかりしろぉぉぉおおお、真ぉおぉぉおおおおおお!!!!! 自らを鼓舞するかの如く、雄叫びが上がる 「コォォォォォ…」 続いて聞えてきたのは空手独特の呼吸法―――息吹 すうっと閉じた目を、再びユックリと開く その目には、先程まで見えていた驚きや動揺の色は消えていた 「もう、そこに居るのは素人の千早じゃ無い…武の心得を持つ千早だっ!」 一呼吸置いてから紡がれた言葉は、相手を認める物だった ふと構えを解くと姿勢を正し、千早に向かって一礼を払う 「菊池 真、参ります!」 再び構え、技を繰り出し始めていった  ―――――――――――――――――――――――――――――― 千早は、不思議な感覚に包まれていた 初めは、自分の心の内を伝えるべく舞っていた そして自問自答しながら、己の心の内を表現していくだけだった それが、何時からだろう? 真が『歌』を紡いでいる 歌声では無く『歌』を 技を繰り出していく、その度に聞える歌 その歌に対して、自分の心と身体が自然に答えている ある時は早く、又ある時は緩やかに、烈しく、優しく… まるで、真の歌の旋律に合わせる様に しかも、それだけでは無かった 真の様に動いてる訳でもないのに、Pの『歌』も聞えているのだ 強さ、弱さ、喜び、悲しみ、怒り、慈愛… 色々な感情や想いが、歌となって千早の中に入ってくる Pの感情と真の感情が、心に響いてくる そして、返すのは千早の『歌』 彼らには、聞えていないかも知れない だけど、確実に沸き起こる、千早の新たな『歌』 『一体感』 ふと、そんな言葉が頭の片隅を横切る 観客から受ける想い、自分が観客に返す想い 想いを受け、想いを返す 自分の想いを紡ぎ、その想いを皆が自分の想いで答えてくれる そして、その皆の更なる想いを受けて、自分も更なる想いを返す 皆の心と自分の心が一つに昇華して行く光景 きっと、師が言いたかったのは、そんな事なのかもしれない ならば、私は今の自分のこの心に従おう 真の旋律と一緒に、私の歌を奏でよう Pの旋律と一緒に、私の想い伝えよう 大きく、しっかりと、強く、私の心を舞おう 歌姫の舞が、更に皆の旋律とのハーモニーを奏で出していく  ―――――――――――――――――――――――――――――― 奇妙な…それは、とても奇妙な「演武」だった いや、寧ろ演武と言うのは語弊が有るのかも知れない 真の動とも言える「武」に対して、千早が見せるは対照的な静の「舞」 時に離れ、時に交錯し、そして時には同調する様な動き それが通常の演武と異なっているのは、2人の動きに触れ合う事が一切無い点だ 聞えるのは、動くことで生じる風切り音のみ 唯々2人の「武」と「舞」だけが有るだけだった 武と舞、静と動 互いに異なる旋律が紡ぎあって、ある種の美しさを持った新しい旋律を生み出している そう、それは正に2人が見せる『舞』に他ならなかった 真が、その動きを止める 「よく判ったよ…  千早の技量は、高段者のそれと物と同じだ  恐らく、ボクの技は何一つ当たらない  だけど……だけど、空手を学んだボクには…ボクなりのプライドが有るんだ!  だからコレで最後にする、ボクの空手の全てを込めて…  いくよ! 千早!」 再び起こる、息吹 「はぁっ!」 気合と共に真の右足が跳ね上がり、連続技が千早に襲いかかり始める だが、その悉くを千早が綺麗にかわしていく 「貰ったぁあ!」 不意に真が叫んだ――――最後の技に手応えを見たからだ 「…え?」 タイミングはベストとも言える出来だった………が、手応えが無い それと同時に、急に暗くなってしまった自分の視界 目の前に何かが有る…ふと、その所為だと言う事が判った だが、それが何なのかが判らない 余りにも近すぎ、焦点がぼやけていたからである その正体を確めんと、真が少し顔を引く すると、それは人の手のひらの形を成していた 千早の掌が、真の眼前に突き出されていたのだった 「う、うわっ!」 突き出された掌と、その千早の姿に驚き、思わずバランスを崩しペタンと尻餅をついてしまう 何とあろう事か、技をかわした上に掌で打撃を与える技の様な格好を千早がしていたのだ 無論千早にはそんなつもりは毛頭無いだろうが 呆然とする表情をした真の口から、無意識の内に言葉が漏れた 「ま、参りました…」  ―――――――――――――――――――――――――――――― いつの間にか、Pは眠ってしまっていた そうで無くても、普段からの激務や精神的な疲労が有る ましてや、今日は千早から強い衝撃を受けているのだ 様々な心と身体の疲れからだろう、仕方の無い事なのかもしれない 舞を終えた千早は、そんなPの姿を見ていながらも、ユックリと彼に向かって歩み寄っていた その歩が途中でふと止まり その場で跪くと、彼女は深々と頭を下げる 凛とした、澄んだ声が練武場の中に響く 「不肖、如月千早  今日この場より  七生を以て、御身御信奉勤めさせて戴きます」 言い終えて立ち上がると、再びPに近づき始める そして、彼の眼前に達すると又跪いた 「…ちは…や…、頼…むよ…………」 ふとPの寝言が聞える その言葉を聞き、微かに――だが、とても優しそうな笑顔を彼女は浮かばせた スッと彼に寄ったかと思うと、腕を伸ばしそっとその頭を胸に抱き寄せ美しい声で告げる 「大丈夫ですよ、プロデューサー  プロデューサーが信じてくれた私は、確かにここに居ますから  貴方の如月千早は、確かに此処に居ますから  そして、約束します  いつか必ず、私は貴方のその夢を運ぶ翼になります  誰よりも高く…遠くまで飛べる翼に…」 まるで、一連の演舞を見ているかの様だった 突然、背後から拍手の音が聞えて来る それは真の物だった 真にも、何故拍手が出たのか解らない、が、自然に…本当に自然に拍手が湧き出ていた 唯一人の観客がする、唯一つの拍手 だがそれは、確かに大切な何かを手に入れた…と言う事を教えてくれていた そしてそのちっぽけな拍手は、千早にとって、幾百万の拍手に勝るとも劣らない何物にも換え難い価値の有る事も 再び千早の瞳から、この世界で一番美しい宝石が零れ落ちていく  ■■■ その意味 「おはよう御座いまーす」 明るい挨拶で、千早と真が一緒に事務所に顔を出す 「おはよう、千早君、真君」 「ブッ…」 吹き出す2人 「あれっ? 外した…?」 しまったと言う顔をしながら、頭を掻くP 何時もの朝の風景が展開されていた  ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「でも、何であんな事を?」 「そうですよ! 怪我が無かったから良い様な物の…」 「あー、スマン」 両手を合わせて、2人に向かって申し訳無さそうに頭を下げる 「よし、じゃあお詫びに、今回のコトは順を追ってキチンと話すよ」 Pがタネ明かしを始めだした 「千早はさ、元々Voが強いだろ?  って言うか、その能力はかなり強力な物がある  それで、千早自身は気が付いて無かったろうけど、知らず知らずの内にVo頼る様になってしまってたんだよ  でも、Voだけに心を乗せても…声だけで感情を伝え切るのは、自ずと限界が来る  ならば、それを避けるには…もう、言わなくても判るよね?」 コクンと頷く2人 「そう、表現力  感情を…心を表現する表現力  それは絶対に必要になってくる、いや、欠かせない物だ  だから、踊りで心の動きを体現出来る力を身に付ければ、もっと表現の幅が出来ると思ってたんだ  踊りにはね、古来から精神を鼓舞する効果がある事が知られてる  アフリカとかの部族なんかにも、未だにその風習が残っているのを見ればそれは解ると思う  だから踊りってのは、洋の古今東西を、そして種類を問わず  自分の心を写す事が出来るし、逆に自分の心に働きかける事も出来る物なんだ  それに、それが出来るならもっと高めた感情をVoに乗せる事も可能だろ?  それは一つの大きな武器にもなるしね」 「あ、それって…」 舞踊の師と、同じ様な台詞が出て来た事に驚く千早 「お? 知ってた?  流石ですな、千早先生」 内心、それは貴方の方ですよ…と言いたくなるのを飲み込み黙る 「元々、心の静動を表現出来るヤツがいいなぁ…って思ってたから踊り自体は、日本舞踊かなって考えてた  それで、Daの先生に相談して見たんだ  どうせ学ぶなら、一流の先生に教えてもらった方が良いから  んで、出た答えが…」 「あの先生の下での日本舞踊…ですか…」 「Yes!」 「それならそうと、言ってくれれば…」 「ごめんな、あの時は考えてた案が実現出来そうかなって、つい…」 少し照れた笑いを見せる 「案?」 「あ、ああ…  まあ、それはもう暫く先のお楽しみにしててくれ」 今度は悪戯っぽい笑顔を見せて、はぐらかすP  ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「舞踊の話はそれで良いかもしれないけど…あの演武の答えにはなってませんよね!?」 憮然とした表情で不満をぶつける、真 「だーかーらー、焦るなって…しょうがないヤツだなぁ」 「だって…!」 「あー、判った判った、じゃあ今度は演武の話な」 やっと聞きたい話が話題に上って、頷く 「俺は、あの時『それぞれの演舞』って言い方をしただろ?  演舞と演武…何か気が付かないか?」 首を振る、千早 「………舞と武…ですか?」 少しの間をおいて、真が答える 「正解!  武道で使われてる言葉の語源にはね、古典芸能――能楽や狂言とかから来てる物が結構有るんだ 『摺り足』とか『見切り』とか  それに、真なら知ってるかもしれないけど、空手の中にも円を描く動きってあるだろ?  円を基本とする動きって、日本の武術や武道って呼ばれる物にも数多く現れてる  そして、勿論、舞踊の中にもね  何が言いたいかっていうと、舞と武にはとても深い関係が有る  根源に近くなる程、合い通じる物が多いんだ…って  まあ表面に近い所は別物かもしれないけどな  で、街頭TVで見た画が、丁度何かの武道の演武だった  綺麗なモンだったよ、まるで『舞』みたいだなぁ…って思って  なら、千早に学んで貰おうって思ってた舞踊の『舞』と、真の演『武』を一緒にさせたら  何かが見つかるんじゃないかなって思ったんだ  もっと上手く行けば、真のDaにも何か得られる物があるかも知れないし  ま、それは流石に虫に良い話だった見たいだけど…  でも、千早が真の動きと遜色無い動きが出来る、舞踊を学んだ事で心を体現出来る様になった  …ってのが判っただけでも大きい収穫かな?  あー、因みに今の『武と舞』の話は、何かで読んだ受け売りなんだけどね  ただ、面白い話だなぁって覚えてて」 「そんな…そんな事まで考えて、プロデュースしてるんですか!?」 今度は、真が驚きの声を上げる 「うーん…今回のは、少し特殊過ぎたかもしれないけど  演武をやらせて見ようかなって思ったのには、実は、もう一つ理由が有るんだ」  ―――――――――――――――――――――――――――――――― まだ、そんな物が…? とでも言いたげな千早と真に、ふと真面目な表情見せ、Pが話し始める 「これは、俺の持論なんだけど…  アイドルをプロデュースするって事は、多かれ少なかれ、その子達の人生の一部も同時にプロデュースする事って思ってる  だから、プロデューサーとしてアイドルを育てるなら、勿論、アイドルとしては当然の事だけど  一人の女の子としても、幸せにしてあげなきゃいけない…ってね  そうすると  どうやったら幸せにしてあげる事が出来るんだろう?  どうやったら、幸せを掴むチャンスに出会わせてあげれるんだろう?  …って疑問がでるよな?  それを、解決するのは『経験』…じゃないかなって  そしてその経験は、出来るだけ色んな経験を積む方が良い…って  じゃあ、経験が…って言うのなら『アイドル経験なんか人生の何かの役に立つのか?』  世間一般じゃ、こんな否定的な疑問も沸いてくるだろうね  俺は、その疑問の答えに対しては、当然『Yes』だと考えてる  幾らアイドルが特殊だって言っても、経験は経験だろ?  ましてや、普通に人生歩んでたら、出来ない経験だって出来るんだし  経験ってのは、本当に大きな武器だよ  知ってると知らないとでは、雲泥の差が有るから  だから尚更、幸せを掴むチャンスを逃さない為にも、色々な経験をさせてあげたいって思ってるんだ  これが演武を選んだもう一つの理由ってヤツ  『千早に、演武を経験させてやりたい』ってのがね  最も、相手が真じゃ無きゃ、そんな選択してたかどうかは判らないけど  だから、その為にも…チャンスを掴ませてあげる為にも  使える物なら…何かの可能性がある物なら、俺はその全てを使ってでもプロデュースして行かなきゃならない  それは自分の義務で有ると同時に、君達への礼儀でも有るから  だって、そうだろ?  普通に過ごせば、幾らでも楽しい事や遊びたい事だって有るのに  それを我慢してまで…人生の一部を掛けてまで、君達はアイドルをやってるじゃないか  その姿勢に、真剣に答えてやらなきゃ誰が答える?  俺が答えなくて、誰が答える?  …ヘンかな、こんな考え方?」  ■■■ 或いはいつもの日常 真が目をキラキラさせている 「カ、カッコイイです…プロデューサー!  いつも、そこまでボク達の事を考えてくれてただなんて…、ボク…ボク、改めて惚れちゃいそうですー!」 (ガスッ!) 「あだっ!」 額に炸裂するPのチョップ 「ばか者、明るい内から物騒な事言うんじゃない、誰が聞いてるか判んないだろ?」 「ちぇっ、折角褒めたのに…」 ブツブツと言う真 「さて、それよりもだ…」 今度は、打って変わって悩んだ表情を浮かべるP 「今回のDa強化は、何とか方針が決められた  んで、残るはVi強化の方針なんだけど…  ところが、それには未だに答えの欠片も見えない難題が控えているんだよ…」 言い回しに、その問題が簡単に解決しそうに無い事が容易に想像出来た 思わず、真剣な表情で聞き入る2人 「実はだな…」 千早と真をジッと見ながら、その言葉だけで終わってしまう 「?」 「…?」 言葉の続きが無い事に、浮かぶ疑問符 ふと、2人を見つめるPの視線が妙な方向を向いている事に気が付く どちらかと言うと、少し下方を見ている様だ 一体何処をと思いながら、その視線を追いかける様に自分達も視線を動かす やがて視界に入って来たのは――――――自分達の「胸」 やっと意味に気が付いて、真っ赤になる2人 慌てて、バッと顔を上げると 相変わらず2人の胸元を見ながら、Pが真顔で悩んでいる 『パァン!』 突如、紙袋に息を吹き込んで割った時に聞える様な音が、事務所内に響き渡る しかも、綺麗なハーモニーを奏でて Pの両頬に、季節外れの見事な紅葉が現れていた 『お・お・き・な・お・世・話・で・す・っ・!!』 と、此方の方は綺麗なduo ズンズンと足音を響かせ、真っ赤な表情のまま出入り口に進む2人 先に真が、派手な音を立てる扉の向こうに消える 後に残るは、千早の後姿 彼女も又ドアノブに手をのばす…が、真と少し違ったのはその動きを途中で止めた事だ まだ赤い顔のままだったが、くるっとPの方を振り返る 一瞬Pを見つめ、続いて小さく舌を出して見せる「あっかんべー」の仕草 そして、クスリと小さく笑って、その姿を扉の向こうに消して行った  ―――――――――――――――――――――――――――――――― 事務所の中に聞える、忍び笑い その声を背に、暫し呆然と立ち尽くすP 「………あっ!  ヤバイ、打ち合わせっ!」 はっと我に返り思いだした様に時間を確め出すと、慌てて机の上の資料をかき集めカバンに詰め込む 出ようとする、矢先 「おっと…! 危ない危ない、コレが無きゃ話にならんわな」 危うく忘れそうだった中身が結構入ってそうな大きい茶封筒を手に取り、再び出入り口に向かう その封筒の表面には、唯一言だけマジックで殴り書きがされていた 『蒼い鳥』  ―――――――――――――――――――――――――――――――― やがて、彼女の魅力を最大限まで引き出す名曲『蒼い鳥』を引っさげ 心を見事に歌い体現する類稀なる天稟を持つ少女が、日本歌謡史に「不破」とまで言われる記録伝説を刻む 千早がその金字塔を打ち立てるまで、そう遠くは無い――そんな、ある日々の出来事だった ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 【あとがき】 2作目となります 千早嬢の『蒼い鳥』がとても素敵なので、何かエピソードを…と考えてて 丁度「武と舞」の話が面白そうなので、ネタに使えないかと思い挑戦してみました 最も、万人向けの話じゃ無いので説明パートが多くなって 結果は、既にご覧の通り…orz 次はもうチョッと頑張って見ようと思いますです では、又、機会が有りましたら