■■■ 1. ある風景 ■■■  何時もよりクール、と言うか寧ろニヒル風に呟く千早 「…ふっ…。又、つまらぬ物を斬っt(ry」 (スパーン!)  司会役を兼務する律子の手に握れらたハリセンが、千早の後頭部で盛大に音を響かせる 「アホの子ですか、あんたは。全く…  イメージに係わるヘンなネタは止めなさいって、あれ程普段から言ってるでしょ!」 「くっ…! 痛いじゃないですか、律子さん!」  音ほど痛くは無いのだが、思わずしかめっ面をしながら後頭部を抑えつつ律子の方を向く 「だって、今日は…」 「うっわっ〜…、律っちゃん本気で千早おねぇちゃんの事ぶった〜!」 「すっごーい! スーパーアイドルにも容赦ない突っ込みだぁ〜!!」  千早の抗議を遮る様に、亜美・真美が楽しそうな言葉を発する 「うっう〜、やよいもハリセンしたいですぅ〜! スパーン!スパーン!」 「おー、今の腕の振りカッコいいなー。んー? こうか? いや、違うなぁ…?」 「うぅ…ぐすん…。り、律子さん…怖いですぅ…ふえーん」 「千早ちゃん、ダメ。そこは、Rank S の名に賭けて再戦を申し込むぞぉ!って行かなきゃ! きゃははは!」 「何言ってるのよ、千早! あんたの様な下っ端Sなんか、この伊織様が返り討ちにして上げるわ、待ってなさいよ!」 「あらあらあら〜、皆仲良しさんなんですね〜、うふふふ…」 「うんうん。仲良き事は美しき事かな、だな。」 「いや、社長もあずささんも、あれ仲良くってレベルじゃ…」  765プロの年末恒例行事に成りつつあった、事務所内での忘年会の一風景が展開されていた  お祝い程度の「御相伴」ならば、保護者同伴って事でご容赦頂こうと言う目論見もあってのことだ  無礼講となると、外でやるには何かと外部の目を気にしなければいけないが  この事務所でやる分にはそんな心配もあまりしなくてもいい  ……最も、今の光景や様子が、内部なら見せてもOKかと言えば甚だ疑問ではあるが  ■■■ 2. 事の起こり ■■■  今年はメンバーに加わった美希が、目出度くトップアイドルの仲間入りを果たした年でも有った  そこで、何時もより趣向を凝らそうと言うことで「ある提案」がなされる 『ユニット対抗カラオケ対戦』  メンバー各々に更に新しい刺激を与える為、又ユニットを組む事で他の娘の良い所をそばで感じて貰おうとの考えがあっての事だ  傍から見れば、とんでもない「夢の競演」ではある。だが、これに対して当の本人達の反応は良くなかった  よく考えれば当たり前の話である  他の事務所の娘達と対戦ならまだ判るが、同じ事務所の親密な仲間と本業の歌で優劣を競うなど喩え余興とは言えかなり抵抗があったからだ  ましてや彼女達は、今や押しも押されぬA・Sランクのアイドルなのである  その心情は察してやる所が有るだろう、考え直した方が…と皆が思いめた頃  とある事から、その様相がガラリと一変する 『優勝商品:「勝ったユニットの希望を適える」』  と提示されると、それを皮切りに急に彼女達が強く興味を示し始め  なんと終には、律子が先頭に立って諸々の取り纏め役まで買ってしまう始末だった  そんな変化が有った数日後、一枚の紙きれを律子から手渡される 「全てこの紙に書き留めたんで、これでお願いしますね。それなら皆やるって言ってるから、私も含めて。  じゃ、頼みましたよ、プロデューサー。」  目を通しはじめると同時に、思わず銜えていたタバコをポロリと落す 【ユニット、選曲】 @千早・美希     = relations Aあずさ・春香・律子 = 9:02pm B真・雪歩      = エージェント夜を往く C伊織・やよい・亜美 = ポジティブ 【ステージ構成、照明】 …… …… ( ちょっ! こ、これじゃセメント勝負じゃないのか!? しかもステージ演出って…衣装もかよっ!?   これの何処がカラオケなんだっつーの! )  いずれも彼女達の魅力を極限にまで際立たせる、謂わば代表持ち歌が記されている  しかも、衣装の指定や簡易な物だがステージ演出まで  慌てて顔を上げ律子の姿を探す。だが既にその姿は無かった ( ………………何だかなー……………皆、何考えてんだよ……………   …うーん、やっぱり女の子ってのは良く判らん。今度、小鳥さんにでも聞いて見よ…… )  ■■■ 3. 謎の言葉 ■■■  勝利の決め台詞に突っ込まれブツブツと文句を言う千早を  美希が苦笑いしながら宥めすかし、ステージを降りる 「ほらほらほら〜、次行くわよ、次。 まだ、勝負は残ってるんだからね!」 「は〜い!分っかりました〜! ごめんなさい、委員長〜」  ……………どうも御相伴の範囲は、当に超えている皆様の様である… 「えーっと、次はと……真と伊織のトコね。」  それぞれが準備を開始する 「On your mark ? Get set … Ready ………… Go! 」  小気味良い合図と共にイントロが流れ出す。アップテンポで軽快なダンスが披露され、歌う真と雪歩  いつの間にか、Pの傍らに社長と小鳥が立っている 「ああP君。  今日の彼女達は何時もと違うね。こう、何ていうか今までに無い華やかさと言うか熱っぽさと言うか…  そう、アレだよアレ! 情熱ってヤツかな? 何かそんな物を感じるね、うん。」  確かに、そんな印象はPにも有った  最初はアルコールで上気した艶っぽい何かだと思っていた。だが、どうも少し様子が違う  一番の大きな違いは、今日は何故か彼女達から常に視線を投げ掛けられてる事だった 「え、ええ…。そうですね。」  社長と話しながらも、真ユニットからの視線が送られて来ているのを感じていた  続いて伊織ユニットが歌い始めていたが、やはり伊織たちも同様に視線を投げ掛けてくる  双子に至っては、投げキッスやウインクまで「おまけ」してくる始末だ  その内に曲が終わり、律子の判定コールがされる。わっと沸き起こる小さな喝采。  Pは、ふと勝者と敗者の様子を見比べて居た。勝った側は本当に嬉しそうに、そして負けた側は心底悔しそうにしている  まるでオーディションの時、いやそれ以上の喜怒哀楽が伝わってくる 「やっぱり、本気っぽい勝負になってるなぁ…」  社長の情熱と言う言葉・彼女達の視線に、何処か違和感を抱きながらも、その違いが判らず感想を独り言の様に洩らす 「クスッ…」  不意に、今の対戦とPの様子を眺めて居た小鳥が、その言葉を聞いて微かに笑った 「どうかしたんですか?」  微笑の意味が判らず、怪訝そうな顔をして問いかける 「ハァ………、これじゃあ、あの娘達も苦労する訳よねぇ…」  彼女は黙ったまま一瞬Pを見つめ、深いため息と共に半ば諦めた様な口調で言葉を紡いだ  先程の微笑と同じ様に、意味が理解出来ない台詞だった 「え? 一体何のことです?」 「判らないんですか? じゃあ……一番大切なヒントをあげますね…あ、寧ろ答えになっちゃうかな?」  チョッと悪戯っぽい顔をする小鳥 「?」 「貴方はね……貴方なんだけど貴方では無いの。でも同時に、貴方では無いけど貴方なのよ。」  ヒントどころか禅問答の様な謎めいた言葉が投げ掛けられた 「え? え? な、なんですって?   あっ! ちょ、ちょっと、小鳥さん! 小鳥さんってばっ!」  呆気にとられるPを残して、その言葉を最後に小鳥はステージの方に向かって行ってしまった  途中で、小さくあっかんべーと舌をだしながら ( ……なんなんだよ………………………やっぱり、女の子って………よくわからん…… )  ■■■ 4. やっぱり何時もと違う ■■■ 「さあ、泣いても笑っても、この勝負でファイナルよ!」  対戦は、僅差であったが千早ユニットVS真ユニットで最終勝者が決まる様であった 「負けて恨み事言う位なら、噛み付いてでも勝ちに行きなさい! それに、手なんか抜いたら、あたしがタダじゃおかないからねっ!」  勇ましいまでのアナウンス。心なしか声がヤケクソっぽい気がしないでもない  おまけに、両ユニットからも効果音が聞えてきそうな程の凄い気迫が見える  何時の間にか、対戦のボルテージが上がっていた (ズルッ)  軽くコけるP ( 待て待て待て! おまっ、律子! 何でそんなに過激に煽るんだっての!?   って、雪歩ぉお! お前まで、何燃えてるんだよ!? お前、そんなキャラだったのか!?    ………美希さん……君は何時からそんなに熱心な娘に… )  思いを尻目に、一時たりとも「真っ向から激突上等!」の雰囲気は和らぐ気配が無い   「Go!」  合図と共に決勝が開始される。千早ユニットが歌い始めていた 「はぁー…、んっとに」  深いため息を思わず洩らす 「しっかし、今日は本当にあいつらヘンだよなぁ…何でこんなに真剣なんだろ?  って、おいおいおいおい…あんな顔、今まで見せた事有ったか?」  時折ドキッとさせられる表情を見せ、Pを見つめる2人。思わず目のやり場を探してしまう位の素敵な表情だ  続いて真ユニット達が始める。こちらも千早達に負けず劣らず、今までに無いとても魅力的な表情をしている 「へぇー、いい顔してるなぁ。あいつらも、こんな表情が出来るのかー  ……なら、かねてから考えてた新路線計画、そろそろ本気で行って―――――」  いつの間にか心ここに在らずと言った表情で、これからの方針を考えてしまっていた  小鳥が離れたところからその様子を見ていたが、やがてヤレヤレと言う風に頭をふって小さく首を竦める仕草をする  勿論その仕草には、Pは気が付かなかったが 「では、優勝は………千早・美希!」  律子の結果コールが響く。同時に祝福の小さな喝采。  千早と美希は、それこそ抱き合って至玉の笑顔を見せて全身で喜びを表し  方や他のメンバーは、落胆・悲哀・自責・苦悩…そんな負の感情が入り混じった近寄りがたいオーラを発している ( ……な、何だか……物凄い落差が在るな…(汗 ) (パンパン!)  手を叩き、律子が皆に一喝する 「あーもー! 兎に角今年もこれで終り!  恨みっこ無しの勝負だったんだから、これ以上は引っ張らない! とっとと片付けて、終了終了」 「それから優勝商品は準備かかるから、皆片付けて終わった後にね。春香達は残って手伝う事、いいわね?」 「はーい」  アイドル達の返事が聞える 「あっ、勿論プロデューサーもですよ?」  ■■■ 5. みんなの想い  ■■■  スタッフや社長達が帰った後、会議室に集まる一同。プロデューサーと対面で、10人のアイドルが並ぶ 「なあ律子。商品の準備っていいのk…」 「ええ、もう準備は整ったから」 「えっ?」  Pの疑問符を無視するかの様に、傍らで律子が話し始める 「じゃあ、行くわよ?」 (コクン)  律子の問いかけに、皆黙って承諾する 「今日のカラオケ対戦にはね、特別な意味が有ったんです」 「…うん。何か気迫っていうか何ていうか…」 「黙って聞いてて下さい」 「は、はい…」  何時に無くそれでいて迫力のある語気に思わず素直に従う 「私達気が付いたんです。皆、貴方に同じ想いを持ってるって  勿論、薄々は感じていたってのも有ったんだけど、ユニットを決める時に皆で正直に話し合って確めたの」  律子の「プロデューサー」では無く「貴方」と言う言葉にドキリとさせられる  見ると、皆が何時の間にか顔を上気させ固唾を呑んで見守っている  言葉を確めて行くように律子が紡ぐ 「そ、その……み、皆…皆………あ、あ、貴方の事が……す………………好きなんだって!」  大きく息を吐く一同 「えっ? す…すき…って…」  同時にPは軽い混乱を覚える ( み、皆が、俺の事を…?   確かに、慕ってくれるとか信頼してくれてるってのは感じてたけど…   好きって…ま、まさか…なぁ…は、は、は………… )  決定打をいきなり放ったからか、若干落ち着いた律子が続きを始めた 「だけど…だけど、貴方は1人しかいない  私達は11人なのに  だから、ある方法を思いついたんです  歌で……私達の歌で……この想いを、貴方に伝えようって」 「!」 ( そうか…………、だから、あの選曲や…視線なのか……… )  女性からの想いや、自身への愛を求める気持ち、真っ直ぐに見つめる気持ち  思い返して見れば、どの曲も全て素直な女性の感情を想い人へ伝える歌ばかりだ  そしてその視線には、歌に込める彼女達の想いが乗せられていたのである 「そしてね、勝った人は貴方へ正式に告白する権利を得る事が出来る……って条件にしたんです」 「このまま行けば、私達の中からいつかきっと傷付く人が出て来る  そしたら、この関係だって壊れてしまうかもしれない…だから…だから皆でそう決めたの  …  確かにこのまま未来まで続く訳じゃ無い  でも、あの小さな事務所からここまで来れたのは、自分の力だけじゃない…貴方の力と……皆の力が有ったからなのよ  勿論貴方の事は好きよ…だけど、それと同じ位に皆も大事なの!」  何時の間にか律子は、涙を浮かべながら言葉を紡いでいた 「だから、私達の中から誰かが貴方にその想いを伝える姿を見届ける事で、気持ちの整理を付けようって  私達の中からなら、それが許せるから…  明日から、新しい自分の想いを見つける事が出来るから…それが出来るから……」 「…」 「だからお願い…私達の為にも彼女達の思いに答えてあげて……  さあ…千早、美希…」  その言葉を最後に律子は背を向けてしまった  身体を小さく震わせながら、必死に何かに耐える様に  ■■■ 6. 痛みと叫びと言葉と ■■■  美希は泣いていた 「…う…う…ヒック、千早さん…ヒック…ほ、本当に…ゥ…美希嫌だよ…美希も嫌だよ、こんなの…」 「…」  問い掛けに黙したまま、沈痛な面持ちで美希を支えながらPの前に立つ。両者の顔は、既に勝者のそれではなかった  言葉を掛ける事が出来ない美希を脇に抱き、伏目がちに声を放とうとする 「プロデュー…」 「だめぇぇぇぇぇ!!」 「うわぁぁぁぁぁぁああああああんん!!」  同時だった  突然、双子の叫びと泣き声が、室内にこだまする 「だめだよぅ! 千早お姉ちゃん、言っちゃ嫌だよぅ!」  亜美が千早に走りより、ポカポカと小さな拳を懸命に叩きつけて抗議をする  約束したはずなのに…なのに、誰も亜美を咎める事は出来なかった  今そこに居るのは亜美じゃ無く、自分達かも知れなかった事が痛いほど判っているから 「何で!? こんなに兄ちゃんの事が好きなのに…どうして…どうして亜美達はダメなの!?  どうして、千早お姉ちゃん達なのっ!?  …助けて……助けてよぉ…  亜美、こんなに胸が苦しいのに…痛いのに…どうしたら良いかわかんないよぉお!  うわぁぁぁあああぁぁぁぁんんんん!!!!」  まるで、そこに居る者全ての胸の内を写すが如く、亜美は真っ直ぐに心の慟哭を露にして泣き叫んだ 「…」  幼き少女の悲痛なまでの心の叫びは、今までのどんな心の痛みよりも深く重く心に突き刺さる  千早は唇を噛み締め、俯いたまま無言で立ちつくすしか術が無かった (スッ…)  陰が寄ったかと思うと、ふわりと亜美を包む 「うわぁぁぁぁんん!! あずさお姉ちゃぁぁぁぁん!!」  あずさが亜美を抱きしめている  その姿は、間違い無く女神と呼べる優しさに溢れていた 「苦しいよね、痛いよね、とっても悲しいよね…  でもね、それで良いのよ  それが人を好きになったって事、それが人を愛したって事の証だから」  泣きじゃくる幼い少女を見つめながら、誰ともなく告げる様な口調で話し始める 「だから、逃げないで  その苦しみを、その痛みを、その悲しみを、正面から受け止めて  その辛さから、決して逃げちゃダメ  その辛さから逃げちゃうのは、好きになった人の事も忘れちゃう事になるから  今より、もっと悲しくなっちゃうよ?  亜美ちゃん、そんなの耐れる?  大好きな、とっても大好きなプロデューサーさんの事、思い出から無くせる?」 「ヒック…ヒック…そ…ヒック…んなの…無理だよ…ぉ…  大…ヒック…す、ゥ好きな…に、兄ちゃん…の……事…忘れられるわけないよぉ!」 「でしょう?  私だって、無理ですもの  だから私も逃げないで一生懸命受け止めるの、その辛さを  亜美ちゃんに負けないくらい、プロデューサーさんの事が大好きだから  プロデューサーさんと一緒に過ごした思い出は、一生忘れられない大切な宝物だから  だから、前を向いて頑張りましょう?  いつかきっと、貴女が素敵な女性になった時に心に残る大事な印になるから…」 「…うぁ、ぁ…ァ…うぁぁああああんんんん!!!!!!」  最後の言葉を聴いて、亜美の声が一際大きくなった  幼いが純粋な少女だからこそ、あずさの恋に対する真っ直ぐな想いが余計に心に響いたのだろう  何時の間にか、皆も泣いていた  あずさの言葉は、亜美やあずさ自身、そして皆の心への言葉でもあったのだ  腕の中の少女と皆を見つめる女神の目が、更にその優しさを増していた  ■■■ 7. 決意 ■■■  亜美を抱きながら、あずさが千早に目を向けその姿を見守る  千早は、あずさの視線を感じ彼女の方を見る。そして、ほんの瞬きとも言える時間だがその瞳に宿る思いを見た  ユックリと目を瞑る千早  律子の耐え忍ぶ姿、亜美の慟哭、あずさの言葉…そしてその瞳の中の思い ( 彼女達の想いと貴女のそれに、どれ程の差が有ると思うの?   貴女一人の力だけで、ここまで来れたと思っているの? ) 「…愚問ね」  自問に対して、半ば自嘲気味に呟く様に自答する  目尻の涙を、スッとふき取り再び目を開く。その表情には何か決意の様な物が宿っていた  踵を返しPを見つめる 「プロデューサー…」  静かな口調だが律子と同様の迫力があった 「はっ、はいっ!」  思わず気圧されて、まるで学生の様な返答を返す 「では、返答をお願いします」  凛とした良く通る声で詰問する。その言葉尻には、有無を言わせない雰囲気を感じる取る事が出来た  元々圧倒的な声でSにまで上り詰めた歌姫である  彼女が強い口調で言葉を発すれば、それはもはや言霊と呼んで差し支えが無い程の力を生む  何時もは見られない、その異様なまでの言葉のプレッシャーに何時の間にか会議室が静まり返っていた  心配したあずさが、慌てて彼女に声を掛ける 「ち、千早ちゃ……えっ?」  一瞬、あずさの方を振り返る千早。その顔には微笑みが宿っていた  表情を戻し再びPに向き直る 「あ、い、いや……そ…」  口ごもるPに、千早は事もげなく言葉をかぶせた 「私達…私と美希では無く………ここに居る私達全員に対して」 「………へっ?」  何を言ってるのか解らないという表情を見せるPに、涼しげな顔で千早が続ける 「聞こえませんでしたか?  先ほど律子さんが、私達を含めて皆の想いを代弁してくれたでしょう?  だから私と美希は、もうプロデューサーにわざわざそれを告げる理由が無いんです  その代わりに「ここに居る『私達全員に』その答えを下さい」…と言ったんです  何かおかしい所でも?」  呆気に取られる一同  ただ、あずさだけが優しい笑顔を浮かべて千早を見つめていた  ■■■ 8. 答え ■■■  Pは齢二十余年程度で、まさか人生最大の危機がやって来るとは思っても見なかった  視線を外さず、じっと千早がPを見つめ続けている。  Pから紡がれる言葉を、しっかり受け止めようとして ( こ、困ったなぁ… 絶対下手な事は言えん雰囲気だし   そんな覚悟で居たなら、そりゃ本気モードにもなるよな…   …でも…   確かに、好いてくれるのは男冥利に尽きるけど、そこらの普通の女の子とは訳が違うんだよなぁ、彼女達はアイドルだし   んで、俺はプロデューサーな… )  と思考を巡らせてた時に、突然、あの小鳥の謎の言葉が蘇って来た 『貴方はね……貴方なんだけど貴方では無いの。でも同時に、貴方では無いけど貴方なのよ。』 「えっ?」  予想だにしなかった言葉が浮かび、思わず声に出すP 「あ、い、いや、何でもないんだ…」  気怪訝そうな千早に、返答を返す  てっきり今ので、何かを聞かれるかと思ったのだがその続きを問う詰問が来ない  その彼女の態度から、いよいよ持って本当に「真の回答」を待ち望んでいることがわかる ( うわー、やっぱりシリアスモードだ   こりゃ本当に冗談抜きに答えんと、テンションどころかアイドル生命にも影響出かねんな…うーん……   …   あれ? そういえば、なんで小鳥さんの言葉なんか浮かんだんだろ?   まー、いいや。   えーっと・・・『普通の女の子と違って彼女達はアイドルで』からだっけ? ) (カチン)  ふと何かが嵌った音が聞えた様な気がした。  突然、先程の小鳥の台詞の様に、今度は一気に答えが押し寄せた。 ( あっ! そっか!   そうだよな…俺も、彼女達も同じなんだよ………俺が一方の見方しか出来なかっただけで…   ……馬鹿だよなぁ、へ、へへ………ホンと馬鹿だよ…俺… )  自然と涙が溢れて来た  こんな自分を恋慕の情で見てくれている彼女達に、本当に申し訳ない気持ちで一杯になった  ギョッとする千早  嗚咽を上げるでもなく急にPが涙を浮かべたのだ  心配そうに声を掛けようとする彼女を制して、涙を拭って彼女達全員を見渡し静かでは有るがハッキリと答え始める 「ごめんな、皆  俺、今まで皆の事をちゃんと見てなかった。受け止めてなかったんだ  俺は皆を「プロデューサーから見たアイドル」ってしか見てなかったんだ  でも、今日皆の想いを見せてもらって、やっと気が付いた  『俺は……俺であるけどプロデューサーなんだ。でも同時に、プロデューサーだけどその前に俺なんだ』って  それで、皆も『一人の女の子だけどアイドル。でも同時に、アイドルである前に一人の女の子』なんだって  皆が、アイドルと女の子の目から「両方の俺」を一生懸命見てくれてたお陰で、それに気が付いた  だから、そんな皆の気持ちにちゃんと答える為に、俺はこう決めたんだ  律子から聞かされた皆のその決心は、悪いけど受け取れない…いや、受け取っちゃいけないんだって  そんな物を皆から差し出させちゃいけないんだ…って  俺を見て来てくれた皆のその想いを、絶対に傷付けちゃいけないから  だから、誰か一人だけなんて選べない  皆の中から一人だけ見続ける事なんて、俺には絶対出来ない」 「…え? それは…」 「今度は俺がしっかり皆を見なきゃいけない番なんだ  だから、一人はダメなんだ  …え、選ぶなら………………………………………………………皆だ!」  ■■■ 9.雨降って… ■■■  言い放って、赤くなり横を向いてしまうP  他の皆は、意味がまだ良く理解出来ていないらしい (ボンッ!)  千早が真っ先に理解して、茹で上がった 「ぷ、ぷ、ぷろ…でゅー…さー…、それ、それって…」 「バ、バカっ! 恥ずかしいだろ! 2度も3度も言えるか!」 「…ね。だからプロデューサーが、私達皆に告白してくれたって事なの!」 「キャーァァァアアア!!」  遅れて後ろから沸き起こって来る、おそらく日本一の黄色い大歓声  先ほどまでの涙が、これ以上ない嬉し涙に変わっている 「こ、こらー! 春香ぁー! こ、こ、告白とか言うなぁあああ!!」 「うわーっ!照れてるー!」  又、歓声が沸き起こる  嬉しさのあまり、皆Pに向かって飛びつき掛ける 「ストーーーーーーープッ!!!」  突如、両手を手を広げ歌姫が皆を制する。PAUSEの様に動きを止める一同  クルっと向きを変え (スタスタ…チュッ!)  まるで、当たり前の様にPに歩み寄り唇を重ねる千早  何が起こったか判らず、硬直し続けるP 「私から告白する権利が消えてしまった以上、これは優勝者としての新たな権利なのです」  赤い顔をしながらも、随分強引な意見を平然と言ってのけた  続けて、美希が爆弾を落す 「あー、千早さんだけ、ずるーい。 今日は、美希も優勝だったんだよ?  じゃあいいモン、美希はご褒美をハニーから貰っちゃうんだから  ね? いいでしょ? ハニー  はい、ハニー。んー…」  目を閉じてキスをせがむ美希。ふと、背後の視線に気が付く 「ん? どしたの? 皆、何か顔怖いよ?」 「え? え? …ぇえぇぇえええええっ!?!?」 「ちょ、ちょっ! ど、ど、ど、どー言う事よ、あんた達!!!!!」 「あー! 千早お姉ちゃん、ちゅーした、ちゅー! 真美も兄ちゃんにちゅーするー!!」 「ちゅー……はにー…ちゅー……はにー………キュ〜…(パタ)」 「あー!! 雪歩!雪歩ぉー!」 「うっう〜、じゃあやよいは、プロデューサーに、やよいを御褒美であげちゃいますぅ〜」 「あらあらあら〜、千早ちゃんも美希ちゃんも大胆だけど、やよいちゃんもとっても積極的ね〜  じゃあ私も、今日は思い切ってプロデューサーさんに御褒美あげちゃおうかしら〜」  2人とも、恐ろしい台詞をサラリと言ってのける 「………やよい、あんたのお父さんが聞いたら卒倒しかねない台詞は止めなさい  あずささん、貴女の場合はシャレにならないからそう言う事は……って、何胸元はだけてるんですかっ!?」  堰を切った様に、Pに飛びついていく彼女達  その表情には、貰った喜びをかみしめる様に、輝く様な笑みが現れていた  ■■■ 10. 新しい絆 ■■■  Pに嬉しそうに抱きついてるアイドル達の姿が目の前に見える 「しっかし、良くあんな台詞言えたわね」  律子がふと言葉を洩らす 「え?」 「『全員に答えを下さい』…ってヤツよ」 「ああ…、あれですか」 「プロデューサーは、優しい人ですから…とっても…  何があっても、まず真っ先に私達の事を考えてくれる人です  喩えどんな答えでも、必ず私達が納得出来る言葉が返って来ると思ってましたから  …  ただ、あんな答えが返って来るとは思いもしなかったですけど」  思い返して、小さく千早が笑った 「だわねぇ…。しかも、言うに事欠いて、全員よ全員。もう何て言ったらいいか…」  苦笑いする律子 「フフ…、不思議な人ですよね、プロデューサーって」 「あんな歯が浮きそうな台詞なんか、普通じゃアホらしくて聞いてられないでしょ?  だけど、アイツが言うと不思議と違うのよねぇ…」 「そうですね」  又、小さく笑う千早。自分の気持ちを確める様に言葉を紡ぎ出して行く 「上手く言えないんですけど…  多分、ちゃんと私達の女の子の部分を見てくれてた人だから…なんだと思います。あの人なりの視点で…」 「え? どういう事?」 「あの人は、『女の子』と『アイドル』って側面から見なきゃいけないって思った様ですけど  そんな見方をしなくても、『アイドル』を透してその下にある私達の『女の子』を正しく見る事が出来る人だから…  それを皆判ってるから…あの人から紡がれる言葉は、信じられるんじゃないかと  …  そして、自分をちゃんと判ってくれた、本当の自分を受け止めてくれてた人だから  皆、好きになったんじゃないかな…って…」  最後の言葉は、少し照れた風に話す 「…恐れ入りました。いや、それ実に的確な分析だわ  言われて見れば確かにそうよね  アイドルは謂わば『仮面』で、仮面の下には女の子って『素顔』が有るから、それを一緒に見るか別々に見るかの違いだけなのよね  そっかぁ…さしずめ、全幅の信を置ける好きな人からの台詞だから…って事かぁ  …  だけど、良くそんなトコに気が付いたわねー。私でも、なかなかソコまでは辿り付けなかったのに…  …  ははぁん…さてはお主、彼奴に相当惚れ込んでおるな? あの人と呼び名も変わっておるしのぅ、フッフッフッ…」  時代劇口調で、ニヤリと笑いながら律子が言う 「ち、違いま…、や、止めて下さい! 律子さん!」  真っ赤になって、あたふたと可愛らしく抗議する千早 「あはは! ゴメンゴメン。  でも、それなら私も一緒だから。っつーか、皆一緒でしょ」  再びP達の方に目を向ける  はにかんだり、嬉しそうだったり、慕う様だったり…様々な表情を見せていた  どの目にも、千早が語る時に見せた同様の色を――――そう、「信頼」と言う名の色を浮かべて  今日、彼女達は、今迄得る事が出来なかった一番欲して止まない絆をPから貰った  それは、今迄紡いで来た絆に勝るとも劣らない絆だった  その絆が、今までの物と寄り添って、更に新しい絆を紡ぎ出してくれる事を知っているから  その絆が、どんな宝石よりも煌く事を知っているから  窓外の夜空に浮かぶ星々が、何時もより、大きく、美しく、――そして強く輝いていた ---- End ----